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大阪地方裁判所 昭和62年(む)387号 決定

被疑者 A女

右の者に対する窃盗被疑事件につき、昭和六二年七月二一日大阪地方裁判所裁判官藤田敏がした勾留請求却下の裁判に対し、同日大阪地方検察庁検察官から適法な準抗告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件準抗告の申立を棄却する。

理由

申立の趣旨および理由

一、本件準抗告の趣旨および理由は、検察官作成の昭和六二年七月二一日付「準抗告及び裁判の執行停止申立書」と題する書面記載のとおりであるから、これを引用する。

二  当裁判所の判断

別紙のとおり。

三、よつて、本件申立は理由がないから、刑訴法四三二条、四二六条一項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官米田俊昭 裁判官松尾昭彦 裁判官杉山愼治)

(別紙)

本件一件記録及び当裁判所の事実取調の結果によると、被疑者が逮捕されるに至る経緯は次のとおりである。すなわち、被疑者は覚せい剤取締法違反(自己使用)と本件窃盗の容疑で昭和六二年七月一八日午後一〇時三〇分ころ、曽根崎警察署に任意同行され、右覚せい剤取締法違反事件について取調べを受け、尿を提出したのち、同日午後一一時ころから本件窃盗事件について取調べを受け、当初否認していたものの、翌一九日午前零時三〇分ころまでには本件を自白し、同日午前一〇時四九分、同署内で通常逮捕されたものである。

ところで、被疑者は本件窃盗事件を自白し一応任意同行に基づく取調べが終了した同月一九日午前零時三〇分以後も午前六時ごろに一時間位本件被害現場の引き当り捜査に同行した時期を除き逮捕されるまで、終始警察官が在室する曽根崎警察署六階の防犯課室の執務室(大部屋)に留め置かれて事実上警察官の監視下におかれ、用便のために便所に行った際にも警察官に付き添われて監視されていたことが認められる。なるほど被疑者はその間に明示の退去の申出はしておらず、したがって、警察官から身柄拘束のための有形的な強制力の行使を受けたことはなく、また、前記被害現場の引き当りに同行した前後には警察官に対して眠らせて欲しい旨申し立てて前記執務室の椅子に座り机に伏せるようにして寝ているが、前記の警察官の監視状況からしてそのまま在留するよりほかないと心理的強制を受けていたものと考えられるから、右の各事実をもってして被疑者は任意に同警察署内に在留したものとは認められない。以上によると被疑者は、原裁判の指摘するとおり、同月一九日午前零時三〇分ころ以降、同警察署内で実質的に逮捕状態に置かれていたものと認めざるをえず、原裁判の判断は相当である。

従って、右認定の逮捕の時点から起算すると、昭和六二年七月二一日午前九時三〇分に同署警察官が本件を検察官に送致する手続をした時には、既に刑事訴訟法二〇三条一項所定の時間を経過していたことは明らかであり、一件記録上、同法二〇六条二項のその遅延がやむを得ない事由にもとづく正当なものであると認める事情も窺えないのであるから、本件勾留請求を却下した原裁判は正当である。

別紙 準抗告及び裁判の執行停止申立書(甲)

(罪名)窃盗  (被疑者氏名) A女

右被疑者に対する頭書被疑事件につき、昭和六二年七月二一日大阪地方裁判所裁判官藤田敏がした勾留請求却下の裁判に対し、左記のとおり準抗告を申し立て、あわせて右裁判の執行停止を求める。

第一、申立ての趣旨

一、被疑者は、罪を犯したことを疑うに足りる相当の理由があるのみならず、刑事訴訟法第六十条第一項第一、二、三号に該当することが顕著であるのに、これらの理由なしとして勾留請求を却下したことは、判断を誤つたものであるから、右裁判を取消したうえ、勾留状の発付を求める。

二、右勾留請求却下の裁判によりただちに被疑者を釈放するときは、本件準抗告が認容されても実効がないので、本件準抗告の裁判があるまで勾留請求却下の裁判停止を求める。

第二、理由

別紙のとおり。

昭和六二年七月二一日

大阪地方検察庁

検察官事務取扱副検事 朝倉通憲大阪地方裁判所殿

別紙

被疑者が、本件被疑事実を犯したことを疑うに足りる相当の理由があることは証拠上明白である。

ところで原裁判は、

一件記録によれば、被疑者は、昭和六二年七月一八日午後一〇時過ぎころ、大阪府曽根崎警察署に任意同行され、取調べを受けて本件を供述したが、一晩同署で泊められ、その間、被害場所の確認に行き、翌一九日午前一〇時四九分通常逮捕されたものであるが、以上の経緯からすると、遅くとも七月一九日午前零時を過ぎてからの被疑者は、実質的には、逮捕されていた状況にあったとみざるを得ない。したがって検察官送致(七月二一日午前九時三〇分)まで四八時間を超えることになりその逮捕手続は違法である。

というにある。

なるほど原裁判が指摘しているように警察において、同月一九日午前零時過ぎころ、被疑者の取調べを終了し、その後被疑者の希望に基づいて、同警察署内で仮眠させたことが認められるが、これは被疑者の申し出等によってやむを得ず仮眠の場所を提供するにとどまったものであってなんら違法なものとは認められない。

すなわち、被疑者は、当時所持金は約七千円を所持していたに過ぎず、しかもその取調べを終了した時間が午前零時過ぎころであったため、被疑者から「眠むたいので寝させてもらいたい」等との申し出があり、その申し出を受けてやむを得ず同署内で仮眠させたものに過ぎず、しかも、その間警察官において看視していた状況もなく被疑者において、自由にその場所を出入りし、用便等も自由にできる状況下にあったものであって、被疑者を実質的に逮捕し拘束したような状況にあったとは到底認められない上、警察官においても令状主義をせん脱し、被疑者を実質的に逮捕・拘束状態におくというような状態もなかったのであるから本件逮捕時間の起算は通常逮捕した時点とすべきであり、同月一九日午前零時過ぎ以降については実質的な逮捕に該当ししたがって検察官送致までの四八時間を超えたこととなるとする原裁判の判断は明らかにその解釈適用を誤ったものと言わざるを得ない。

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